意外と気づかない、環境の重要性

意外と気づかない、環境の重要性

本日は、都市の問題を音・波動・雰囲気・バイブス・エナジーといった側面から捉えています。それによって、環境の重要性について考察し、私たちが切り捨ててきたモノゴトを明らかにしました。

環境が危機的状況にある理由。それを、見えない世界で感じていきます。

今回も、感性と理性を両方使って、問題を扱っています。環境が失った音、私たちが切り捨てた多様性、そういったすべてが調和して惑星意識というある種の集合意識になっていることを思い出す。

そんな、エピソードになりました。

ポッドキャスト

エピソード

チャプター

  • 00:00 イントロ・テーマ
  • 00:48 環境と雰囲気
  • 04:13 違和感の原因
  • 06:47 環境との相互作用
  • 09:10 個人レベルの課題
  • 11:49 環境レベルの課題
  • 14:41 エンディング

スクリプト

イントロ・テーマ

みなさんは、都市部にお住まいでしょうか?それとも、自然の多いところにいらっしゃるでしょうか?普段、環境から聞こえてくる音はどんな感じでしょうか?雰囲気、バイブスなどはどうでしょうか?

いきなりたくさん質問してしまいました、アルクトゥルスの分析官です、こんにちは。

今日は「音・波動・雰囲気・バイブス」などについて、ご一緒に感性と理性を駆使していきたいと思います。バランス良く、まず感じて、その後でイロイロ考えていきます。

では、今日のテーマを発表します。

意外と気づかない環境の重要性

環境と雰囲気

環境の重要性ということですが、これは音や雰囲気などと密接な関わりがあります。

おととい、分析官は宮崎駅付近にいまして、ホテルで一泊してきたのですが、音がとにかくぜんぜん違うんですね、普段と。

普段は、鹿児島の霧島というところにいます。隣に神社があって、分析官が「ミドリさん」と呼んでいるステキな木や「長老さんたち」とザックリまとめて呼んでしまっている木々がいます。

朝起きるときは鳥の鳴き声がよく聞こえるし、風が吹くと木々がざわめくような場所です。

そして、今年2022年になってからは神社の鈴がカランカランやたらと鳴らされるようになりました。2020年、2021年より圧倒的に増えています。

正直、神社の鈴が鳴るたび、自分の家の呼び鈴がならされたように感じています。それくらい、よく聞こえるんですね。

後は、周りが静かだからか、車の音がやたら聞こえます。なので、このポッドキャストや動画を収録しているときにガンガン音を拾っちゃうんですね…。

ずっとそれが気になっていたので、とうとうノイズキャンセリング・マイクが付いたヘッドセットを買いました。今日はそのマイクを使って収録しています。

さて、だいぶ話がそれてしまいましたが、宮崎駅付近はどうだったかというと…

朝の音がないんですね。

もちろん、車の音とか、エアコンのブワンブワンする音なんかはあります。ただ、圧倒的に音の種類と厚みが無いことに愕然としました。

まるで、MP3の中で生活している感じでした。ナップスターしか知らない人みたいな。かなり古いですけど、そんな印象が強かったです。

鳥もいない。木々もざわめかない。シンシンいう高音もない。音として聞こえない響きとか雰囲気のようなものがバッサリ削られていることがよくわかりました。

まるで、音の砂漠みたいなんですね。

もちろん、分析官は都市も田舎も両方スキです。東京23区で生まれ、地方で育ち、渋谷や新宿と行った都心で10年以上生活していました。六本木で長く働いていました。

鹿児島市内も宮崎市内も、けっこう行きます。どちらの街もステキだと思います。

なんですけど、一泊しただけで音・波動・雰囲気・バイブスのようなものに違和感を感じてしまいました。圧倒的にないものが多いんですね。

これはイイとかワルイとかの話ではなく、そういう環境なんです。

違和感の原因

ではなぜ、そういう違和感を感じてしまうのでしょうか。

端的にいうと、環境にないものがたくさんあるからです。

木々もそうですし、鳥たちもそうです。もっというと、土・風・水・空間など、あらゆるものが都市にはないんですね。

私たちは、都市のほうがイロイロあると思っています。

店とか、ビルとか、会社とか、オフィスとか、人とか。ヒト・モノ・カネ・経済的な文脈での情報などはそうかもしれません。日本はどうしてもモノゴトがまだ都市に集中しがちです。

ところが、多様性という文脈で世界を感じ始めると、都市は砂漠みたいになっています。

環境という文脈、生命の多様性、音の厚みや波動の種類などに意識を向けた途端、そこには何もありません。何もないというと極端かもしれませんが、エナジー的にいうとカラカラです。

今まではあまりそういった角度で感じてこなかったのですが、最近はそういった感覚でモノゴトを捉えることが多くなりました。

単なる比較なら今まででもできたはずなんです。でも、そういう感じ方をしてこなかったのだと思います。

東南アジアでも、ベトナムだったらサイゴンという都市とダラットのような自然の多いところ、両方で生活してきました。カンボジアだったらプノンペンとケップのような違いです。

マレーシアのクアラルンプールやバンコクなどの大都市と、ラオスのサヴァナケートやバンビエンみたいな田舎、両方で生活してきました。

関東付近でいうと、東京と軽井沢みたいな感じでしょうか。九州でいうと、鹿児島市と霧島神宮とか、熊本市と高森みたいなイメージです。

これらをエナジーとか、音とか、バイブスのようなもので捉え始めると、とたんに環境がスッカスカで、そこにあるはずのモノがぜんぜんない、そこに気づくようになりました。

環境との相互作用

そういうことが、日常生活でも多くなり、強く感じるようになってきました。

例えば、書店に行って本棚の前に立ちます。すると、その時必要な本がパッと見つかる。もしくは、まったく必要ないことが一瞬でわかる。

精神世界のコーナーに行くと、もう必要な本がまったくないんですね。手に取りたいと思う本に出会えない。そんな感じです。むしろ、ちょっと「めまい」がするときが多くなりました。

これは経済や仕事術なんかも同じで、なんかバイブスがスッカスカに感じられます。

いくら、タイトルが過剰に刺激的でも、帯がやたらと叫んでいても、エナジー的にはスッカスカなんですね。まるで都市のバイブスと同じ感じです。

これは、その時、その時の自分の状態や雰囲気なんかも関わってくると思うので、環境との相互作用になるかと思います。よって、その時の自分に合ったモノゴトに共鳴することになります。

ものすごく乱暴かつシンプルにいうと、環境にはすべてあるのだけど、共鳴するモノゴトだけを知覚するようなイメージです。本当はもっとイロイロな要素が複雑に絡み合っていますが、そんな感じです。

このあたり、波動がスキな人にはおなじみの話ですよね。

ただ、ここで理性も使っていきたいと思うわけです。でないと、快適領域から出ていかない可能性もあるからです。感じたものを精査するステップが必要です。

よって、書店なんかでは、もっと詳しく観て、いくつかの本を手にとって、パラパラめくって、イロイロ試すわけです。見逃している情報があるのではないかと。ここはマインドでやります。

まぁ、ないんですね。

これには文明レベルで深い理由があるのですが、今回は省略します。ポイントは、感覚がどんどん使えるようになってきたということです。

これは分析官だけでなく、みなさんもそうだと思います。

個人レベルの課題

ここで、ご一緒に洞察しておきたいのは、個人的な課題と環境の課題です。相互作用ですから、両方見ていきたいと思います。

まず個人です。

これはとてもシンプルで、感覚や感性に振れすぎているんだけど、実はそんなに感じられてないという現象です。いわゆる、なんちゃって感性というやつです。

まだまだ限定版のマインドから抜けていないと起きる現象で、マインドで感情を扱っているようなところがあります。よって、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしたり、感覚情報だと思っている何かに振り回される傾向があります。

解決策は、徹底的に古いエナジーを抜くことだと分析官は感じています。

それは、デトックスのような形を取ることもありますし、食生活に大きな変化があるかもしれません。もしくは、仕事や家庭環境に大きなイベントが起きるかもしれません。

とにかく、古いエナジーを抜かないと、感覚が鈍ったままということはいえると思います。

抜くのは大変なんですが、抜くと決めてしまうと、なぜそういう大変なことが起きているのかは理解できているので、プロセスを乗り切ることができます。

これは、組織経営でいうとデジタル・トランスフォーメーションする理由がわかっているかいないかで、大変な時期をうまく乗り切れるかどうか、みたいな感じです。

その上で、感覚と理性を両方使って精度を上げていくと、見える世界は突然変わってくるように感じます。世界が拡大するのもそうですし、モノサシがいっきに5個くらい使えるようになります。

今まで、二元性のモノサシで、絞り込まれた限定されたマインドで、直線的な時空の概念だけを使ってきたわけです。世界はもっと「複雑かつデカイ」ことがわかってくる感じです。

なので、光も闇も、上昇も下降も、アセンションも五次元も必要ないんですね!

環境レベルの課題

最後に、環境レベルの課題です。

これは今日ずっと検討してきた多様性です。多様性というと、これも誤解されたり、限定的に使われることが多いので、いいかえると、音、バイブス、生命の波動に厚みをもたせることです。

音を聞いて、エナジーをシッカリ感じていくとわかることがあります。

あらゆる音やエナジー、バイブスのようなものはハーモニーになっていて、オーケストラの演奏みたいになっています。それをすべてひっくるめて惑星意識が構成されていることに気づきます。

音楽やっている方はよく分かると思うのですが、バンドアンサンブルやオーケストラというのは、あるパートがいないと死んだ音楽になります。

分析官はベースをやることもあったのですが、ベースのいない、ドラムとギターだけのバンドには芯がないですよね。オーケストラもコントラバスが不在だと、響きとしてちょっとキツイです。

もっというと、ホールの響きが悪いとヒドイことになりますし、席によっては音が跳ね返りすぎたり、回っていたりと、イライラすることもあります。

そういう状態ならまだイイのですが、深夜の砂漠みたいにあらゆる音域がカットされたMP3みたいな都市の音を聞くと、文明の偏りだけでなく、環境の危機を直接感じ取ることができます。

これは非常に限定された領域だけにフォーカスしているために起こる現象であり、分離と隔離が生んだ結果でもあります。やたらとデジタルなんですね。

ところが、これからはそういう状態だとものすごい不整合が起きてきて、統合されないモノゴトは破棄されていきます。自然災害というのはそのために起きる側面もあります。

そういうことを感じる人は、おそらくもう都市のバイブスに精神をやられているとか、地方に引っ越すとかしているか、場所を固定しないで移動しまくっていると思うのです。

なので、地方活性化とか地方創生とかいって、やたらに開発したり、現行の産業を強化しようとしていますが、おそらく失敗すると思います。

SDGsもESGも、結局の所経済プラットフォームと古い文明の枠組みの範囲を出ていないので、これもおそらく失敗し、それをトリガーにして大きくかじを切ることになると予測しています。

エンディング

ということで、今日は「音・波動・雰囲気・バイブス・エナジー」といった側面から、個人と環境の現状、課題、問題、解決策、そして未来予測をしてみました。

個人にも環境にもいえることは、世界はもっと広いということです。

そして、今はあらゆるものを切り捨ててしまっているので、問題が解決しないようになっています。それは、環境にあるはずのものをないことにしてしまっているからで、生命力のない砂漠のような波動になっていることがその端的な現れです。

そういうところをちゃんと観ていかないと、あらゆるモノゴトはこれからドンドンうまくいかなくなります。解決策は、古いエナジーを抜いて、世界を広げて、感性と理性の両方をバランスよくつかっていくことから始まるはずです。

それでは、たくさんの音や波動で満たされた、豊かな世界をお楽しみください!みなさんのバイブスと、環境の雰囲気が、その相互作用が世界をドンドン変えていきます。

今日もお付き合いいただき、ありがとうございます!

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